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パラレルしか書いてません。口調・呼称が怪しいのは書き手の理解力不足です。ディランディが右。お相手はいろいろ(の予定)
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刹那はライルを部屋に招いて、紅茶をいれていた。
刹那の良き友人であり、理解者でもあるマリナ・イスマイールに教わった方法で、
カップとポットを温め、茶葉を蒸らして、温かいたっぷりのミルクと一緒にカップに注ぐ。
それをライルはきょとんとしたように眺めていた。

「珍しいのか?」

問えば、ライルは頷く。刹那はそれさえも不思議で仕様がなかった。
己より長い年月を生きているはずの彼は、案外知らないことが多かった。
彼についてもわかっていることは少ない。たとえば、魚介類が食べられないことと、
小食で、普段も海藻ばっかり食べているということ。(女性社員からは細すぎると、ぐちぐち言われていた)
声が出せないということ、甘いものが好きだということくらいだ。
しかも、その甘いもの、つまりはケーキやチョコレートといったものも最初は知らなかったのだ。
刹那や隣人のグラハムの友人で、ライルの部屋の本来の持ち主であるカタギリが
菓子や、なんやらを買い与えて、それらについてほぼ丸一日かけて教えたこともあった。
そんなことがあってか、ライルはたまにケーキを買うのに刹那を連れ出したり、グラハムを連れ出したり
することもあった。

「これは、紅茶だ」
『こうちゃ?』
「あぁ」

刹那はライルの口がそう動くのを見て頷いた。刹那が、ライルを任されているのは、単に家が隣で
懐かれているからということだけではなく、読唇術に長けているからだった。
話そうという意思からか、口をパクパクと動かす癖があり、医者は、おそらく昔は話せたのではないかと
(会社である定期健診の際に)言っていた。ちなみにその時も何を言ってもライルはきょとんとするので
説明役に刹那が呼ばれたのだった。

「紅茶は、イギリスでよく飲まれているそうだが、最近ではアイルランドが抜いたらしい」
『そうなんだ』
「お前の生まれ故郷だろう、何故知らない」
『なんでって言われてもなー…過保護なのがいたんだよ』

紅茶も飲ませない過保護といったものは一体どんな人物なのか気になるところだが、
刹那はあえてそれを無視し、ライルの前に紅茶と、ザッハトルテを置いた。
刹那がケーキ屋常連なのは、実はそのケーキ屋のオーナー兼パティシエが無理やり試食係に任命しているからで、
正直なところ甘いものが大好きというわけでもなかったので、今日ライルが暇だったのは刹那にとって喜ばしいことだった。
ちなみにこのザッハトルテはオーナーが気まぐれで杏ジャムではなくラズベリージャムを塗ったものだった。

『刹那は食べないのか?』
「俺はもう食べた。残りは持って帰っていい」
『ありがとう』
「いや…」

ライルは嬉々としてケーキを口に運び、とろけそうな笑みで小さな幸せを噛みしめている。
まるで幼い子供のような仕草にやはりいつもと同じことを思って刹那は緩く首を振った。
自分とグラハムは違う。自分はあんな変人じゃないと言い聞かせるように唸ったところで、
ライルがじっとこっちを見ていることに気づく。

「どうした」
『なんで、首振ってるんだろうと思ってな』
「特に意味はない」
『そうか?』
「あぁ」

口にスプーンをくわえてじっとこっちを見たままのライルに刹那はなんだかいけないことをしている
気分になって(それは、何も知らない幼子を自分好みに仕立てるいわゆる光源氏計画のような気分で)
もう一度グラハムのことが頭に浮かび、そういえば昔あれに男色家だーと意味もなくカミングアウトされたのを
思い出して、眼の前の青年が少し心配にもなってきた。結局あれは酔った勢いで、しかも正確には男色家
ではなくただのバイだったが。

「付いている」
『ん?どこ?』

話しを変えようと刹那はライルの頬についているチョコレートを指摘した。
ライルは指で拭うが、生憎と付いているのは反対の方向だ。

「そっちじゃない、右だ」
『あぁ、サンキュ』

拭ったチョコレートの付いた指を舐めるライルにどうにも路線変更できなかった刹那はがっくりとうなだれた。

あるところにアトランティスと呼ばれる海底都市がありました。その都市には昔は人間が住んでいましたが、
今はもう、その文明は滅んで、人間は海底に住むことがかなわなくなりました。
何故その文明が滅んでしまったのかは今となってはわかりません。何故ならば、地上の人間は海底に都市
があることさえ知らなかったのですから。

そして現在、その場所には人魚と呼ばれる水の精霊が住んでいました。彼らはひとりの王を中心として、
七つの海のいろんなところに散らばっていましたが、この都市には王とそれに連なる一族、そして
海の魔女が住んでいました。

「スメラギ、お願いがあるんだ」
「あら、皇子様。貴方は弟の方かしら?何か御用?」
「用がなかったらこんなところまで来ないさ」
「それもそうね」

ある日魔女の元に王の息子の片割れがやってきました。彼らは仲睦まじく、とても好感が持たれていましたが、
魔女は彼らがそれだけでないのを知っていました。それは、彼らが毎日のように魔女の住む屋敷に来て
魔女の弟子たちと恋の話に花を咲かせていることからも明らかでした。

「俺、人間になりたいんだ」

隣の人魚姫***


「ライル、書類はまとめたか?」
「……」

刹那はこくこくとうなづくライルにホッとしたように息を吐いた。最近隣に越してきた青年は声が出せないらしく、
ボディーランゲージで思っていることを伝えてくる。たまたま仕事場が一緒で、彼が刹那に懐いていることも
あってか、刹那はライルと組まされることになったのだ。
頭の回転は悪くないらしい彼は、任せた仕事はキッチリとこなす。ただ、商談や外回りとなると刹那なしでは
やっていくことができないので、彼はそのことを気に病んでいることもあったようだ。
一度刹那と衝突したときに、ぶちまけてすっきりしたのか、それとも上司が与えたAIのおかげか彼が
気に病むことはなくなっていた。

「今日は終わりだ、帰るか?」

そう問えばライルはにっこりわらって頷いた。そして、何やら端末に文字を打ち込む。

「ケーキ屋に寄りたい?何故だ?」

刹那が問えばライルはさらに文字を打ち込む。

「…記念日?」

端末にかかれた文字を読み取れば、ライルは頷いて笑った。何やら今日は機嫌がいいらしい。
といっても、ライルが機嫌が良くなるのは基本的には午後からで午前中はどうもむすっとしていることが多い。
以前それとなく聞いたら水槽が気になると言っていた。その答えから熱帯魚でも飼っているのだろうと刹那は
思っている。

「何の記念日だ?」
『この町に来て三ヶ月目の記念だ』
「普通の日だな」
『俺には重要なんだよ。なぁ、刹那おいしいスウィーツショップしらね?』

ライルは小首をかしげながら刹那に問いかける。刹那はたまにこの年上の後輩が本当に29歳なのかと
疑いたくなるのだ。外見は20代前半といっても通じるし、たまに三十路前とは思えないくらい幼い仕草をする。
最初のうちはどこの箱入りだとも思ったが、今ではそれすらかわいいと思えてしまい、自分は末期だ、
ライルの左隣に住む変人と同類なのだと感じてしまうのだった。

「この辺ならあの店だろう、閉店まで時間もない」
『なら急がないとな!』

ライルがPCの電源を切り、サポートAIをスリープモードにするのを見届けた後刹那はライルの手を引いて
会社を後にした。

***

「ふんふ~ん♪」

隣の家から歌声が聞こえてくる。いつも隣の住人が出社した後聞こえてくる歌は何所か反響する場所
で歌っているはずだ。このマンションで響くとしたら風呂場くらいだ。グラハムの住むこのマンションの
特に隣の部屋は以前住んでいた人間がたいへんな風呂好きだったためか、広い浴室がある部屋だった。

「何の歌なのだろうな」

グラハムの職業は音楽プロデューサーだ。新人を発掘しては世に送り出してきたヒットメーカーでもある。
そのグラハムが気になっているのが、この隣家から聞こえる謎の歌だ。
その部屋の主は一人暮らしのはずで、しかも、声帯を痛めているのか声を出すことがかなわない。
話すことができないのだから、歌を歌うことなどもってのほかのはずなのに、その部屋からは歌声が聞こえる。
単純に考えれば、実はほかに住人がいるのかもしれないが、以前招かれたときに複数で暮らしている様子は
なかった。食器は二つ対で揃えてあったが、使われている形跡はほとんどなかった。
ふと音がやんで、がちゃんと音がした。どうやら隣人が帰ってきたらしい。
何時もより足取りが軽やかで、機嫌がいいことがうかがえる。
こんなことをしている自分は変態だろうか、と自問していると頭の中で旧友で、隣人にこの部屋を紹介した
カタギリに変態としか言いようがないよと言い切られなんとなく落ち込んでしまった。

***

『ただいま、兄さん』
「おかえり、ライル」

ライルはスーツ姿のまま浴室に向かい浴槽の中にいる兄に口をパクパクさせて帰宅を告げた。
彼はそんなライルを笑顔で迎える。

「着替えてこいよ、濡れるぞ?」
『わかった、今日はお土産があるから一緒にたべようぜ』
「お、いいな」
『じゃぁ、少し待ってて』

ライルはそう言いながら、兄にひらひらと手を振って浴室を後にした。グラハムが気にしている浴室から
聞こえる歌はニールが歌っているものだった。ここはただのマンションだから効力といえるものはほとんどないが、
歌う場所が場所であれば事故が起こっていても不思議ではなかった。
空に陸に焦がれる人魚の歌。船を沈め、人を惑わすセイレーンの歌。ニールの歌は本来そういうたぐいのものだ。
まぁ、別にニールは陸に焦がれることはなかったが、今はこうして弟と一緒に陸で暮らしている。
ある日ライルはニールに陸にさらってあげると言って笑った。口元は笑っていたが、眼は真剣でこれが冗談でない
ことを示していた。ライルが突然そんなことを言い出したのはもちろん自分たちが禁断の関係にあることが要因だろうと
ニールは思っているし、実際そうだった。

『着替えてきた。はい、刹那お勧めのショートケーキ』
「お隣さんの?」
『そう。会社の帰りに寄ったんだ』

ライルはにこにこと笑いながらケーキを口にした。甘い生クリームを幸せそうに頬張っている。
それにならって、ニールもそれを口に運んだ。甘い味が口いっぱいに広がり思わず頬がゆるむ。

『おいしい?』
「あぁ、おいしいよ。でもお隣さんケーキなんて食べそうにないのにな」
『だよなー。でも常連らしくて実はこのケーキイチゴおまけしてもらってんだよね』
「そうなのか?」

ライルは頷いて手に付いた生クリームをなめている。その様子を見ていたニールはふとらいるの頬にクリーム
がついているのに気がついてそれを舌でなめとった。

『くすぐったい』
「こーら、動くなよ。とれないだろ?」

ぺしんと尾びれでライルの頭を叩いて、ニールはライルの唇に自分の唇を寄せた。

***

「人間になりたい?物好きね」
「…だって、じゃないと俺と兄さんは一緒にいられないし…」

そう言って口ごもるライルにスメラギはそれもそうねと、軽くため息をついた。
この国の跡取り息子はそろいもそろって非生産的でなおかつ不毛な恋愛をしているらしい。
昔、先代の魔女の時代は地上の皇子に恋をした人魚姫が声と引き換えに足をもらいに来た。
その伝説のせいで、「人魚姫」にあたる者たちは国の後を継がない限り、足をもらって地上に出ていくというのが
この王家のしきたりだった。勿論、その時は地上に恋をした人間がいないといけない。
「人魚姫」が恋をすることができるのは人間の「王子様」と決まっているのだ。

「人間なら、ニールと恋しても怒られないだろ?」
「へ理屈だけれどね」
「わかってるさ」

拗ねてしまったライルに苦笑しながらスメラギは薬を調合した。「人魚姫」は足と引き換えに声を出せなくなる。
それを承知の上でライルはここに来たのだろう。

「薬を飲んだら声は出せなくなるわ。あと、人間よりは水の中で息は続くけれど、
人魚の時よりは続かないから早めに陸に上がること」
「了解」
「陸にあがったら、カタギリって男の人を待たせておくから彼の指示に従うこと」
「ん、わかった。ありがとう。スメラギ」

ライルはやんわり笑って、魔女の屋敷を後にした。

***

「ライル、気持い?」
『ん、いいよ…』

二人そろってとろりと溶けてしまいそうな眼で水の中に沈む。浴槽からあふれた水が排水溝を流れていく。
ぱちゃんと水がはねて、このまま溶けてしまえそうで自然と二人の口元はゆるんだ。
基本ライルもニールと一緒で家では殆ど浴室で過ごす。スメラギの知り合いであるカタギリはベッドなんかも
用意してくれていたが、なんとなく落ち着けなくて、ライルはシーツを一枚引っ張ってきて浴槽の中で、
それに二人包まって眠るのだ。以前様子を見に来たカタギリには呆れられてしまったが、どうしても
水と触れあいたくなるライルはやはり根っこの部分で人魚であったことが抜けきれないのだろう。

「ライル」
『ん?なに兄さん』
「明日は?仕事か?」
『ううん、明日は土曜日、だからゆっくりしてよ?』

ライルはニールの首筋に頭をこすりつけて、己同様冷たい体にしがみついた。

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